2024年05月10日 19:08
200年の時を感じる旅 ~ハイリゲンシュタットより
早くに聴力を失い始めたベートーヴェンは31歳の時に医師からウィーン郊外ハイリゲンシュタットでの療養を兼ねた生活を勧められます。
今でも美しい葡萄畑が広がるカーレンベルグ(標高425m)の麓ハイリゲンシュタットにはベートーヴェンの足跡が数多く残っています。

32歳の時、弟と甥のカールに遺書を書いたアパート(現在はベートーヴェン博物館)
ベートーヴェンは耳が聞こえないという苦悩、その運命を受入れ、彼にしかできない音楽を続けることを「遺書」という形で決意した地です。
「第九」の初演の時彼の耳にその音楽がどう聴こえていたかを実際に耳で体験できました。

そして坂を下るとここにも「第九」のスケッチを進めた家が残っています。
今ではウィーンのワイン醸造所、そしてベートーヴェンを偲びながら出来立てのワインが楽しめるホイリゲ(葡萄の木の下で楽しむウィーンの居酒屋)になっています。
ベートーヴェンは引っ越しを繰り返したという有名な話がありますが、このハイリゲンシュタットの街を散歩していると他にも彼が住んでいたアパートが見つかります。(1808年)

こちらは1817年に住んでいたアパートです。彼の荷物よりもピアノの移動がたいへんだったでしょう・・・
ふと振り返ると後ろの丘に新緑の葡萄の葉が美しく輝いています。

今でも美しい葡萄畑が広がるカーレンベルグ(標高425m)の麓ハイリゲンシュタットにはベートーヴェンの足跡が数多く残っています。

32歳の時、弟と甥のカールに遺書を書いたアパート(現在はベートーヴェン博物館)
ベートーヴェンは耳が聞こえないという苦悩、その運命を受入れ、彼にしかできない音楽を続けることを「遺書」という形で決意した地です。
「第九」の初演の時彼の耳にその音楽がどう聴こえていたかを実際に耳で体験できました。

そして坂を下るとここにも「第九」のスケッチを進めた家が残っています。
今ではウィーンのワイン醸造所、そしてベートーヴェンを偲びながら出来立てのワインが楽しめるホイリゲ(葡萄の木の下で楽しむウィーンの居酒屋)になっています。

ベートーヴェンは引っ越しを繰り返したという有名な話がありますが、このハイリゲンシュタットの街を散歩していると他にも彼が住んでいたアパートが見つかります。(1808年)

こちらは1817年に住んでいたアパートです。彼の荷物よりもピアノの移動がたいへんだったでしょう・・・
ふと振り返ると後ろの丘に新緑の葡萄の葉が美しく輝いています。








